第一章 桜花月団開花物語 一話
🌸開幕🌸
『めをひらいて』
芽を開いて……?
いや目を開いて、か。
頭の内側から語りかけてくる声。
声は途切れながらも優しく聴こえてきた。
『貴女の名前は日暮美月』
私の名前じゃない、と思った瞬間。
その違和感が消えていることに気づく。
至極当然のように記憶している自分がいた。
声の主は高らかに告げる。
『さぁ、物語の幕開けよ』
ゆっくりと導かれるように、目を開いた。
無数の目が美月を凝視している。
空間そのものは紫がかった黒色で、誰がどう見ても不気味な場所であることは間違いない。朦朧とする意識の中、立ち上がって壁に蠢く目玉を観察してみた。突然見つめていた一つがギョロッと眼球を回転させたので、美月は飛び上がって驚いてしまう。その気まぐれなさまは生き物のようだ。
??「あら、やっと起きたのね?」
コツ、コツと靴の音が聞こえてきた。
その音のほうを見ると、長い金色の髪をした少女のような人が近づいてきている。赤いリボンが付けられた帽子、紫の中華風前掛けと白のドレス。可愛い見た目に反して、雰囲気には幾千もの時を過ごしたような貫禄がある。そのちぐはぐとも言える容姿に見惚れてしまう美月。謎の人物はふふっと笑って名前を教えた。
??「八雲紫よ。あなたは……日暮美月ね?」
美月「は、はい。そうです!」
なぜ自分の名前を知っているのか、美月の混乱する頭の中ではただ単に不思議な人だなぁとしか思えなかった。
紫「で、あなたはなぜここにいるの?」
美月「それがまったく分からなくて……起きたらここにいたって感じでして」
紫「私はこの空間に戻ってきたらあなたがいたって感じ。ここに来るには私のスキマを潜らないといけないんだけど……」
美月「スキマ? 何ですか、それ……?」
私のスキマを潜る、という不自然な言い方に美月は首を傾げる。
紫「これよ。これ。世界と世界を繋ぐ……いや、区別する境界線みたいなものよ」
紫が何もない空間に手をかざす。するとそこから空間が裂けて、緑豊かな平原が見えた。
美月「うわぁ……!」
本当に世界が見える、スキマ自体が境界なのか、と摩訶不思議な光景に思わず目をキラキラさせる美月は、紫の了承を得てからスキマの向こう側に手を伸ばした。その世界に薫る涼風に触れる。何だか懐かしいのはなぜだろう。
紫「ね? すごいでしょう?」
美月「はい、とっても!」
紫「……で、どうしましょうか。ずっとここに居るのも、ねぇ?」
美月「そうですよね……そ、そのスキマで他の世界に行くっていうのは、どうでしょう?」
美月の中の秤に乗った警戒心と好奇心が、相当な重量をもって好奇心側に傾いた。
紫「できるけど、妖怪、吸血鬼、いろいろいるわよ? 安全に生活できる保証もないわ。それでもいいなら」
美月「よ、妖怪……吸血鬼……?」
聞いたことのない言葉。何だかそれが知りたくて堪らなくなってきた美月は何度も頷く。そのたびに暮色の髪を束ねたおさげが揺れる。
美月「行きたいです! すごく楽しそうなので!」
紫「そう。悪い妖怪は……その弓で退治すればいいわね」
先ほど自分が座っていた場所の横を見てみると、まるで最初からそこにあったかのような青色と水色の弓があった。弓なんて持ってたっけ、と思いながら拾い上げて構えてみる。それは手によく馴染み、自分が長年弓を使ったことがあるような気がした。
美月「そうですね」
でも相手を傷つけるとか殺めるなんてことはしたくない、と美月は思う。
紫「行きましょうか」
紫が手を翳し、空間が裂ける。その裂け目はだんだん広がっていき、美月の体より大きくなった。向こう側に見えるのは、桜舞う幻想の地。
紫「じゃ、いってらっしゃい!」
美月「うわっ!」
紫はここまで来て躊躇する美月の背中をポンッと押して、無邪気に送り出した。
突然、周りの不気味な感じがなくなった。
瞼をゆっくり開けると目の前には石の階段が続いていて、階段の左右にはたくさんの桜の木が花びらを舞わせている。
美月「わぁ、綺麗……」
紫「ここは博麗神社。階段を上がった先に霊夢っていうこの世界の管理人みたいな人がいるから、一声かけてみたら?」
スキマから顔を出し美月に助言する紫。
美月「そうします。ありがとうございます……って、ん?」
気配を感じ、再び階段のほうを見る。そこには綺麗な黒髪を風に靡かせた女の子が悠然と立っていた。ちょうど同じように美月のほうに振り返ったところで、一秒ほど目を合わせた後、階段から飛び降りる。
紫「あら、里舞じゃない。久しぶりねぇ」
??「……誰ですか」
紫「何言ってるのよ。紫よ」
??「ふふ、冗談です」
美月は二人の迫力に思わず唾を飲んでしまう。ただの会話のように見えて、二人の目の圧が常人とはまったく違う。一瞬息が止まったほどだ。
紫「あ、紹介がまだだったわね。この子は」
里舞「桜羅木里舞よ。里舞でいいぞ」
美月「えっと、私は日暮美月です! 美月って呼んでください!」
紫「……さて、私は帰りますか」
紫が呟き、美月が後ろを向いたときには、紫はスキマごといなくなっていた。
里舞「あなたも博麗神社に?」
美月「そ、そうです! 里舞さんも?」
里舞「そうよ。よかったら一緒に行かない?」
美月「ああ! ぜひぜひ!」
美月と里舞はともに博麗神社への階段を登って行くことに。先ほどの怖いぐらいの目の圧とは打って変わって、柔らかな雰囲気になったことに美月は安堵する。
美月「そういえば、里舞さんの腰に付けているそれは何ですか?」
里舞「これね……?」
正面から見て右側の腰に付いているものを鞘と刃に分離させた里舞は、それを掲げるように美月に見せた。刀に光が反射する。
美月「綺麗ですね……!」
里舞「名は秘斬 桜花楼剣。能力とかその他諸々の説明も自己紹介がてらしたいけど、また今度ね。で、美月は?」
美月「一応弓を持ってます。ただの弓なんですけどね」
美月も里舞に見えるように弓を出した。何となく弦を指で弾いてみる。自分が持ってきた記憶はない、ということは紫がさり気なく贈ってくれたんだろう。お礼を言うのを忘れたな、と美月は後悔する。
里舞「そうかしら。かなり魔力を感じるんだけど。まぁ、いいか。それから……」
石段を登りながら里舞と色んな話をした。私もスキマに迷い込んでしまって、紫を階段で待っていたところ、そこに美月もやって来たというわけよ、と状況を説明する里舞。
里舞「さて、ここね」
石段を登り終わり、赤い門をくぐる。これは何ですかと美月が聞くと、神域と俗界を区別する門であり結界の役目を果たす鳥居というもの、と里舞は細かく教授した。
??「……あら、何この魔力? 人?」
??「ん? 本当だな……見た目からして知り合いではなさそうだ。よし!」
??「なっ……ちょっと! 待ちなさい!」
??「行ってくるぜ!」
里舞「……!」
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